だんだん秋らしくなってきました。朝がとても寒いです。衣替えは、急いで済ませました。扇風機をしまってファンヒーターも出しました。
名東区 牧会計事務所 所長の牧です。
先月GOTOトラベルキャンペーンを使って東北に行って来ました。一度は行きたいと思っていましたが、なかなか機会がありませんでした。下の息子が、大学の研究室課題として気仙沼に行って、地域の人と一緒に津波前の街を模型で再現する活動をしていました。その息子から、一度は見てきた方が良いと後押しをしてくれたので先月に実現することが出来ました。
津波の惨状を画像で見て、亡くなった方々のことを思うと気安く観光気分では行くことは出来なかったです。
岡崎から車で一気に気仙沼まで行きました。約800キロの道のりでしたが、途中で何度も休憩をしたので約12時間くらいかかりました。
次の日、リアス・アーク美術館に行きました。震災の状況資料が常設されています。それは東日本大震災という出来事は多くの社会的課題を抱えたまま今後も続いていきます。本展示はそういった課題を復興過程において風化させないために常設公開されています。
次に、陸前高田にある道の駅に行きました。ここの道の駅も震災資料が常設されています。
まだまだ防潮堤工事が完了していません。
防潮堤の上に海に向かって慰霊台があります。
東日本大震災の際、約7万本あった中で奇跡的に1本の松が倒れずに残り、この松は震災直後から復興のシンボルと捉えられ、「奇跡の一本松」「希望の松」「ど根性松」などと通称されるようになりました。
残念ながら震災後、この松は、根が腐り枯死と判断されました。その後、震災からの復興を象徴するモニュメントとして残すことになり、幹を防腐処理し心棒を入れて補強したり枝葉を複製したものに付け替えたりするなどの保存作業を経て、元の場所に再び立てられています。
気仙中学校
津波がいち早く押し寄せた気仙中学校は、校舎や体育館は全壊したものの先生方や地域の方々の判断で全員無事に避難することが出来ました。
陸前高田から中尊寺がある岩手県の平泉に行きました。
大変に趣のあるお寺です。その中にある金色堂は1124年(天治元年)、奥州藤原氏初代清衡公によって上棟されました。数ある中尊寺の堂塔の中でもとりわけ意匠が凝らされ、往時の工芸技術が集約された御堂です。金色堂の内陣部分は内外に金箔の押された「皆金色」と称されて全部が金箔に覆われています。
常に修復作業をしているようで、行った時も数人で慎重にかつ丁寧に修復作業をしていました。
平泉から恐山に行きました。
比叡山や高野山と並び日本三大霊山の一つとされ、日本三大霊地ともされる青森県の恐山。心霊やオカルトなどの噂やイメージが先行していますが、まったくイメージとは違っていました。
恐山の境内は1周3km程度の参拝コースがあり、徒歩約40分で巡ることができます。その境内には火山岩で形成された136の「地獄」があり、現世で犯した罪の罰を受ける地獄を表しているのだとか。
夕方の閉山1時間前に行ったので日が暮れかかって、火山岩から煙があがり異様な雰囲気はありましたが、いくつもののお地蔵様があり地獄とはほど遠いものでした。近くには湖もありとても美しい景色でした。
今回の旅行の宿泊は、GOTOトラベルキャンペーンの詳細が分かる前に予約していました。どのように扱われるか知りませんでしたが、再度予約を取りなすことなく、免許証を提示するだけで精算時に35%を引いてくれました。非常に簡単な手続きでした。